定年退職後、スモールライフを楽しもう!

定年退職後、思い切った断捨離を断行。定年退職後の妻との日常生活、趣味、同居クロネコの様子、脳活回想録など、思いつくまま書いてみます。

天神様、学問の神様は、その昔日本三大怨霊のひとりだった!とは思えない佇まい。

一昨日、芳賀天満宮の梅を見てきました。

全体的には、少し早い様子でした。蝋梅は綺麗に咲いていて、良い香りでした。

芳賀の高台に位置して、眺めも楽しめます。

主祭神菅原道真公が嘗ては、日本三大怨霊として恐れられていたことなど、微塵も感じられない落ち着いた雰囲気で、気持ちがリラックス、リフレッシュできます。

 

その菅原道真公ですが、903年大宰府で無念の死

怨霊となり、藤原家の主要人物、皇族に祟る最強の怨霊になったと言われています。

道真公を失脚させた張本人の藤原時平は39歳の若さで急逝。道真を陥れたひとり、藤原菅根は落雷で死去。政治の中枢にいた貴族も次々と亡くなってゆく。藤原氏の讒言を信じて、道真を大宰府に追いやった醍醐天皇の幼い皇太子も不幸にも、急逝したと言われています。

930年には御所の清涼殿に落雷し、時の大納言も雷に打たれて亡くなったとのことです。

醍醐天皇も体調を崩して、翌年不幸にも崩御されたとのことです。

雷神と恐れられた道真公の怒りを鎮めるために、947年に北野天満宮が創建されたとのことです。

 

北野天満宮創建から遡る事24年前の923年ころには、道真公の怒りを鎮めるために、道真公の官位復権がされましたが、怨霊の怒りは収まらなかったようです。

北野天満宮の創建後、怨霊の怒りも徐々に収まり、道真公が生前学問に優れていたことから、徐々に詩文の神、学問の神となっていったようです。

今では天満宮、菅原神社、天神様など、菅原道真公を祭る神社は全国に何と!12,000社もあるそうです。

年齢と残された時間からは12,000社は到底無理にしても、せめて栃木県内だけでも、回れるものかと調べたところ、名のある天満宮、天神様だけで、ざっと69か所。詳しく調べれば、もっとあるかもしれませんが、取り敢えず、道の駅や周辺名所と合わせてお参りするには、実現可能な神社の数ではあると思いました。

学問、詩文には程遠い人生でしたが、このブログの文章力が上手になれますように!

そして、日々の家族の幸せをお祈りするのにも、良い目標になるかなと思いました。

 

本日は、これで失礼いたします。

2月25日

※追伸

芳賀天満宮の梅です。少し早かったですね!近くなので、また行きます。