古希を迎える今年。
年齢については正直、50歳の節目、60歳の節目以上に意識している自分が居ます。
よって、今後の自分を勇気づける言葉、コメント、文面に今まで以上に反応しています。
先日、読んでいたある本の中の一文。
「長寿大国日本は、2種類の人間に分類されています。
何歳であろうと、将来認知症になる確率はこれだけの長寿大国になると、かなり高い。
というか今何歳であろうと、将来長生きして程度の差はあるでしょうが、認知症になるだろう、と位置付けています。
但し、筆者は認知症について、悲観的な話をしたくて、この衝撃的な一文を書いているのではないとの事。
認知症になることをマイナスに捉えるのではなくて、認知症でも安心して暮らせる環境づくりを推進する立場として、この一文を書いているようです。
物忘れが頻繁になって、私自身も近い将来、認知症と判断される時を想像すると、正直暗い気持ちになりますが、認知症でも環境を整えれば、不便なく暮らす社会の実現は可能である、という事を筆者は述べていました。
詳細は省きますが、認知症=マイナスと捉えずに、いつか自分にも訪れる転機。
その時に自分自身どうありたいか、周囲にもどう対応して欲しいのかを、ある程度考えておくことも大切だなと、思いました。
筆者が強調していた、認知症でも人生の楽しみ方はある。という言葉を信じて、そのための心得、準備などをもう少し勉強して、来るべき将来について、前向きに捉えようと思います。
1月10日
※動けるうちは、とにかくこのフィールドで、白球を追い続けたいと思っています。